2012年4月9日月曜日

転勤に怯える

「どうやら五日に人事異動の発表があるらしい」という噂が今月頭に流れ、戦々恐々とした日々を過ごしていた。なぜなら私は現在、職場でも古株という立場になり、人事異動の季節になるたびに「次はお前だ」と同僚たちから脅されていたからだ。そして迎えた五日、朝から怯え、カタカタと震える私のもとへやってきた先輩は、哀れむかのような虚ろな目で言った。


「お前……転勤だって。支店長が呼んでた」


!!!
なんと言うことだろう。とうとうこの日がやってきてしまったのか。目の前が真っ暗になる思いがした。苦節数年、下っ端としてこき使われ、苦汁を舐め、ようやく手に入れた古株という立場。職場内はおろか、お客様方のことまで熟知し、人々からの信頼を勝ち得、ようやく住み慣れた我が家に花の香りを添えられるような、そんな吉幾三的生活を手に入れることができたというのに、ここにきてそれを手放さねばならぬというのか。それが勤め人の宿命とでも言うのか……白目を剥いてコフーコフーと不自然な呼吸をする私。それを見た先輩は、震えながら「ぶふっ!」と咳き込んだ。


「う・そ・だ・よー!」


刹那、私は光速で先輩に飛び掛り、アイアンクローをかましながら「先輩にこんなこと言うのは失礼だって分かった上で言いますよ!バーーーーカッ!!!!!」と絶叫した。結局、五日には人事異動の発令は行われず、あの噂は一体なんだったのか……と我々は首を傾げつつ、それぞれ帰路についたのだった。


――そして今日、何事もなく職務を終え、事務室に戻ってきた私の前に、件の先輩が虚ろな目で私に告げた。


「俺……本当に……転勤になっちゃった……」


泣きそうな目で励ましを待つ先輩に、優しい言葉の一つもかける気持ちが起こらなかった私は、果たして冷たい人間なのだろうか。先輩の今回の結末は、人を呪わば穴二つという、古からの言い伝えに則ったものだったのか。ただひとつ分かったことは、先輩の異動先が、洒落にならないほど悪評の漂う地域ということだけだった。

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