2012年4月13日金曜日

鶴見サディスティック

職場の飲み会があったので、仕事後、のこのこと飲み屋へと出向いた。


着いたとき、場はすでに混乱のるつぼと化していた。無理もない。何しろ、今回の飲み会は送別会も兼ねている。皆、同僚との別れを惜しむかのように陽気な声を張り上げていた。悲しいけれど、会社員たるもの転勤はつきもの。いつかまたどこかで会えることを願いながら、私もピッチャーでビールをあおった。


――終電間際の時間になると、そこはもはや死屍累々といった様相を呈していた。これはまずい。何しろ私の家は会場から徒歩圏内。こんな酒臭い酔っ払いどもが「とめてー」などと大挙して押し寄せてこようものなら、私に退去命令が下ってしまう。それだけは避けなければならない……忍び足でその場を去ろうとしていると、一人の上司が自らのスマホを取り出し、私に向かって「お願いだ……家に帰れないと妻が怒る。でも動けそうにないから電話して理由を説明してくれ」と懇願し始めた。どうしたものだろうか。奥様にその旨を話せば、きっとこの上司は「よーしこれでお前んちに泊まれるぜヒャアッハーーー!」などと絶叫して私の部屋を荒らすであろう。それだけは避けなければならぬ。そのためには一体どうしたら……私は意を決して上司のスマホを操作した。三回のコールの後、上司の奥様が受話器を取った。


「もしもし!?アンタ今一体何時だと」
(裏声)もしもし、私、上司に公私に渡って特別お世話になっております、花沢花子です……


血の気の引いた声で「主人に代わりなさい」と告げる奥様。やりすぎた――気づいたときにはもう遅く、上司は酔いがさめたように飛び起きて私からスマホを奪い取った。泣きながら謝罪を続ける上司を薄らぼんやり見つめながら、私はその場を去った。声にならない声で「ごめん……」と呟きながら。

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